日本スペンサー協会会報 第21

2009115日発行                      861-8068 熊本市清水万石1-5-32 福田方

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09-01 年次総会 530日(土)東京大学駒場キャンパスのシンポジウム第2部門会場において、シンポジウム終了後繰り上げ開催され、次の通り、前年度決算と今年度予算が承認されました。

  1. 2008年度決算

       収入 171,247円(繰越金76,118+利子129+会費95,000円)

       支出   9,825円(会場費1,300+会報費8,525円)

  2. 2009年度予算

       収入 161,422円(繰越金)

       支出   23,000円(会場費1,000+会報費12,000+その他10,000円)

 

09-02 日本英文学会スペンサー・シンポジウム  530145分から445分まで、日本英文学会第81回大会(東京大学駒場キャンパス5号館523号室)において「英詩の本流スペンサー」(司会 福田昇八)と題するシンポジウムが行われました。新型インフルエンザのためキャンパス閉鎖も想定される中、約60人の参加があり無事終了しました。次の4人の講師が発表し、その内容は『日本英文学会第81回大会Proceedings』に掲載されています(09-06の「司会の言葉」は会場では読み飛ばした部分も含む準備原稿です)。

  大野雅子  『妖精の女王』第3Busyraneの仮面劇

  水野真理  スペンサーの三つの声?詩人としてのlife career

  鈴木紀之  ロングマン・シリーズThe Faerie Queene再版のエディトリル・アプローチ

  山内正一  スペンサーとキーツ

 

09-03 『妖精の女王』音声版完成 ちくま文庫版『妖精の女王』(4巻本、2005)の音声版が200812月、4枚のCDとして熊本県点字図書館で完成し、全国の点字図書館で利用できるようになりました。ボランティア音声図書吹き込み者・山田晶子氏(故山田知良未亡人)の尽力により、スタンザごとに本文と脚注が読み上げられています。収録時間は、118時間29分、214時間29分、314時間14分、412時間27分、合計59時間39分です。

 

09-04 The Spenser Review  年3回刊のThe Spenser Reviewがオンラインで利用できます。<http://www.english.cam.ac.uk/spenser/spenrev/>

 

09-05 ハイヤット教授逝去 数秘研究の先駆者A. Kent Hieatt教授は100918日、脳軟化症のため逝去されました。ハイヤット教授は19211月生まれ、西オンタリオ大学とイェール大学で教鞭を取り、The Spenser Newsletter/Reviewの初代編集者でもありました。1960年に出版されたShort Time’s Endless Monument: The Symbolism of Numbers in Edmund Spenser’s ‘Epithalamion’は、Epithalamionlong lines365行あること、‘Now night is come’が当日の日照時間に合わせて16連の5行目にあることなどを明らかにし、ルネッサンス文学の数秘学的研究の金字塔になり、その後大きく進展した数秘研究の第一人者としてハイヤット教授の名は永遠です。ここに温厚篤実な学者として敬愛されたケント・ハイヤット教授に慎んで哀悼の意を表します。

 

09-06 福田昇八「シンポジウム第二部門司会の言葉」 本日はスペンサーのシンポジウムにお集りいただき有り難うございます。今年は皇太子ご成婚50周年ですが、私が熊本大学に赴任して輪読会でスペンサーを読み始めたのがあの年でしたので、熊本大学スペンサー研究会の発足からも50周年になります。熊本での共同作業は2年前に刊行された『スペンサー詩集』によって完結をみました。これをきっかけに、今回、日本英文学会においてスペンサーのシンポジウムを開催する運びとなった次第であります。この機会を与えて下さいました日本英文学会に対し感謝致します。

 本日のシンポジウムは、可能な限り、聴衆への語りかけ方式で進めるということになっております。お聞きの皆さんが、講師の語りかけを聞いて、「なるほど、そういう意味でスペンサーは英詩の中心部にいるのか」と納得していただけるかどうかがポイントです。司会者としましても、進行役以上のコメントを交えながら、「面白くて為になる」内容になるように努めます。

 本日の主題は「英詩の本流スペンサー」となっています。これは平井正穂教授の唯一のスペンサー論「スペンサーにおける愛」(英文学研究22.2;『ルネサンスの人間像』八潮出版社1966,pp.49-74)の冒頭の言葉から私が考え出したものであります。平井先生の文章には、「スペンサーとキーツ ? この二人の詩人のうちに流れている詩的精神は、おそらくイギリス詩の伝統のもっとも中心部を流れているものといってもいいであろう。」とあります。では「イギリス詩の伝統」とは何か。英詩の伝統の中でスペンサーの詩を考える事は、スペンサーの詩の特質を改めて考えてみる機会になるのではないか。このように考えたわけであります。

 文学の研究は、本文をしっかり読む事がもっとも大事であります。日本では昔から、訓詁の学といって本文の読解が学問の中心でした。作者の言葉に謙虚に耳を傾ける事。これは我々が常に念頭に置くべき事と思います。詩には意味と響きの両面があります。意味だけでは詩とは言えません。英詩の目指すものは、第一に読者を楽しませる事です。巧みな語り。読む人をうっとりさせるような響き。いかに話を組み立てて、いかに語るか。構造と韻律。これが詩が詩たる所以でしょう。本日は、叙事詩の伝統に従って、最初から「事物の真っ只中に」飛び込むような感じで、スペンサーの楽しさから話を始めてもらいます。

 最初の講師は、帝京大学の大野雅子(おおの まさこ)さんです。大野さんはプリンストン大学に留学し、FQと『源氏物語』の比較研究によって博士号を得た研究者です。本日は、スペンサー詩の特質について、「ビュシレインの仮面劇」と題して論じていただきます。我々は漠然と、スペンサーは流麗であるとか言いますが、スペンサーがいかに綿密な計算の許に.緊密な構成を考えて書いているか、いかに言葉遊びを楽しみながら書いているか、そこの所を映像器機を使って説明を加えながら話していただきます。

      (大野講師の発表)

 ただ今、詩の第一の目的、「楽しませる」ことについて話していただきました。スペンサーは「教える」意図を強く意識していた詩人でもあります。周知の通りミルトンはスペンサーを’a sage and serious Poet Spencer whom I dare be known to think a better teacher than Scotus or Aquinas’(Areopagitica)と評しています。スペンサーはFQ初版の末尾に付けた「ローリーへの手紙」でFQの意味を説明し、徳のあるべき姿を物語に仕立てて描き、「身分ある人々」に読んで立派な品性の人になってもらいたいと述べています。楽しい話を読んで、立派な人間になってもらう。スペンサーはいわば「人間はいかに生きるべきか」を示そうと試みたようです。これをミルトンはアダムとイヴの物語に描きました。人間の運命を描く事、これは正に英詩の本流にある詩人が自らに課した任務だったと考えられます。

 スペンサーはローマのウェルギリウスを模範にしたようです。低い身分に生まれながらも、皇帝アウグスティヌスに認められ、ローマ建国の叙事詩を書いた詩人。スペンサーがFQで狙ったのは正にそれでした。ところが現実には、動乱の地に於いて不本意な生涯を送る事になりました。このような背景はスペンサーの詩に深い陰を落としています。詩の各所にそのような満たされぬ思いが頭をもたげます。こうしてスペンサーの詩には、ミルトンの言葉を借りると、”Where more is meant than meets the ear”となります。ご存知の通り、スペンサーの処女作は牧歌に身を隠して当時の政治情勢を風刺したもので、40代半ば過ぎの女王の、若きフランスのアランソン公との結婚問題は国を二分する大問題でした。この詩は匿名で出版されましたが、そのトピック性の故に直ちにベストセラーになりました。しかし、それが災いして、スペンサーの栄達の道は閉ざされ、遂に動乱の地アイルランドで生涯を送る事になります。主著『妖精の女王』は寓意詩です。これは物語に託した方が読者に分かり易いから、と作者は断っていますが、そう言う形に包んで、遠い昔の騎士道物語に仕立てて語られていることも、その作品理解の大きなポイントでしょう。スペンサーはただ詩を書いていた人ではありません。動乱の地アイルランドを治める役人でした。心ならずも大虐殺にも関わった人物になりました。実際、スペンサーほど、政治との関わりの中で生きた詩人も稀です。スペンサーの詩のすべてにはどうしようもない運命の働きが描かれており、ただ素晴らしい詩を書いた人では済みません。

 そのような重なり合う声について、「スペンサーの三つの声」と題して、京都大学の水野真理(みずの まり)さんに話していただきます。私は昔,水野さんのThe Shepeardes Calenderに関する発表の司会を務めたことがありますが、その後水野さんはスペンサーの散文研究にも携わり、スペンサーと彼の時代との関わりを検討中であります。では、お聴き下さい。

       (水野講師の発表)

 以上、二人の講師から話していただきました。起承転結と言いますが、次にはいささか趣を変えて、FQの初版本について金城学院大学の鈴木紀之(すずき としゆき)さんに話していただきます。鈴木さんは、山下 浩氏と一緒に約20年間にわたってFQの書誌学的研究に取り組み、第1巻??第3巻の初版のコンコーダンスや初版と再版を比較したテクスチュアル・コンパニオンを出版されました。その成果や主張が評価され、Hamilton先生のロングマンシリーズのFQ再版に際して、初版を底本とする新しいテクストが採用されました。日本人が校定した本文が採用され、これが今世界のスペンサー研究者の間で、FQ 研究の”the new standard text of the poem”となっています。この件について私は平井先生から、「日本の英文学研究も遂にここまで来たかと感慨に堪えません」という便りを頂いたことがあります。今日はその当事者の一人、鈴木さんから、本文確定の実際を話していただきます。

         (鈴木講師の発表)

 このシンポジウムの結びは、九州大学名誉教授であり、現在は福岡大学勤務の山内正一(やまうち しょういち)さんにお願いしてあります。山内さんはロマン派詩人の研究家ですが、FQ全巻を研究会や読書会で逐一、O.E.D.に当たって精読したというスペンサー愛好家でもあります。本日は、キーツはスペンサーからどのような影響を受けたかについて、具体的に論じていただきます。

         (山内講師の発表)

 ここで暫く休憩とします。休憩後は420分から再開します。(10分休憩)

 質疑応答に入ります。今日の発表は一人25分を目処に準備してもらいましたが、残り時間は30分足らずとなりました。皆さんの発言をお願いします。(ここで、水野講師への質問)

 最後に、本日のポイントを整理します。読者を楽しませることと読者に教えること。この二つはスペンサーにあっては、車の両輪でした。スペンサーの数への関心は、1960年に出たハイヤット教授の小さい本以来、他の作家にも通じる重大な考え方である事が認識されて来ました。シェイクスピアは『ソネット集』を17を底辺とするピラミッド型で書いています。ミルトンは『失楽園』の9999行に、この叙事詩の中心思想と言うべき言葉、“Fondly overcome with female charm”(女の魅力に負かされて)と書いています。偶然でしょうが不思議な暗合です。キーツの辞世の歌とも言うべき’To Autumn’が、11行連を3つ、33行なのにも私は不思議なものを感じます。ロマン派以降、数秘的感覚は失われたと言われますが、小説家フィールディングに至るまで、多くの作品に数秘構造が認められます。スペンサーのFQ 1-3巻を私が調べたところ、27連(3の3乗)で書かれたエピソードが14あります。ほかに33(キリストが死んだ年齢)、281から7までの和、ピラミッド型)など「意味ある数字」が構造に組み込まれています。この点でスペンサーはその頂点にあります。また、スペンサーの詩は頭韻が随所に見られます。この古英詩最大の特色は、ご存知のようにホプキンズやディラン・トマスらが特に好んだ技法で、この面でもスペンサーは英詩の主流にあります。詩の構造や詩の技法と共に、世人を導くという高い想いーーこれらすべてにおいて、スペンサーは英詩の特質とされる特色を備えた詩人であったいう結論に達したように思われます。こうして英詩の中心にあったスペンサーとキーツという点を、我々の本日の検討はいささか具体的に明らかにする事が出来たのではないかと思います。

 皆さんの参加に感謝して閉会とします。

 

シンポジウム会場スナップ  (撮影:島村宣男)

 

会員業績

09-07 小紫重徳 2008a  原初王権の歴史としての「妖精の系譜」:『妖精の女王』第2巻第10篇の「妖精国のいにしえ」の寓意(上) 神戸大学大学院国際文化研究科紀要「国際文化学研究」3059-100

09-08 小紫重徳 2008b  同(下) 「国際文化学研究」3125-62

 

会員近況

09-09 小迫 勝  今年3月末日に定年退職し、近くの大学で非常勤講師として少しの授業をしています。仕事として、英語学・英文学研究が中・高の英語教育にどのように貢献できるのか、というテーマで論集を作成中です。

09-10 川西 進  日本英文学会大会のころ、会場校東京大学教養部の駒場博物館で、「矢内原忠雄と教養学部展」が開かれました。教養学部の第1回卒業生であり、勤め先でもあったので、ごく少し展示物提供などお手伝いしました。

09-11 小紫重徳  3月末で神戸大学を定年退職し、一スペンサー学徒として晴耕雨読の気ままな生活をしています。尤も晴天が多すぎてバランスを欠きますので、適宜調節しながらですが。

09-12 早乙女 忠 英詩人のなかでスペンサーとダンのことが念頭にありますが、ダンは花火のごとき才人、スペンサーの詩の豊かさにいつも感嘆していま す。スペンサーより発し、西洋古典を少しずつ読んでいますが、最近小川正廣氏 (名大教授)による『ウェルギリウス「アエネーイス」 ――神話が語るヨーロッパ世界の原点』(岩波書店)を読み、理想の研究書と思ったことです。

09-13 住田幸志 スペンサーが他の詩人の追随をゆるさないのは、近代で始まった濃い西洋絵画の世界を先取りした絵画的な華麗さと音楽的な流麗さが一つに融合している点と思います。西洋の叙事詩にあたってみて、このように華麗なのはホメロスの『イーリアス』と『オデュッセイア』の 曙の比喩、海洋の比喩、タッソーの『エルサレム解放』の描写、ポルトガルの Camoens Os Lusiadas の描写などがあると存じます(ゲーテの『ファウスト』は色彩としては暗いですので)。スペンサーのこの背景には、恋愛と同時に地方の公務員としての堅実な生活があったと思います。翻訳が主ですが、他国の叙事詩との関連にも当たってみたいと考えています。

09-14 鈴木紀之 シンポジウムでは、FQの初版と再版の間のテクストの異同をマクロ的に概観しましたが、いま主要な異同をミクロ的に分析し、集成すること、言い換えれば、新ロングマン版のテクスチュアル・ノーツの背後にあったテクスト編纂者の判断の根拠を明示することを考えています。

 

本部からの連絡

 

09-15      業績提供のお願い 会員はスペンサー関連の図書・論文1部を本部に寄贈することになっています。会報用に、刊行情報と概要を記した紙片を付けて提供願います(書式自由)。

09-16      会報発送 この会報は神戸の足達賀代子氏の協力により会員へ送信/送付されます。住所録記載事項の訂正は足達氏へ連絡下さい。